松ケ根乱射事件

 観ている間中、タイトルから想像される乱射事件が通奏低音のように響く。私たち人間の誰もが、「死を待つ存在」であるという運命から逃れられないように・・・。
 それはいつ起こるのだろうか。あってはならないことを待ちつつ、私たちはドラマを追う。
 すべてのシーンが、私たちの頭の中の死のイメージとダブり、重みを持って迫ってくる。
 だが、喜ばしいことに(?)、予測はみごとにはぐらかされる。

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 冒頭、女性の死体らしき姿が雪原に提示され、それを発見した小学生の男児は、何と死体に手を差し入れてまさぐる。
 本作のテーマである「コミュニケーションのズレ」を暗示する重要なシーンだ。
 人は人との確かな関係を求めてセックスする。しかし、人との関わりの中に確かなものなどはない。あるのは孤独だけである。

 
 主人公の新井浩文が演じる警官は、まともなように見えるが、恋人がいながら村内で買春するなど危ない雰囲気だ。
 彼の双子の兄は、弟と反対にだらしないようでいて意外にしっかり者である。

 近所の床屋の女店主と浮気して家出中のダメ父。不満を持ちながらもそんな夫を放っている母。女性に「モテる」と言われてウン十万円で金塊を買う兄の友人。


 父親の分からない子どもを産む知的障害を持つ女性。その娘の性を村人に開放して稼ぐ母親。
 その母親は主人公のダメ父の愛人で、彼にも主人公にも娘を提供している。
 おまけに主人公の祖父は色ボケで、その娘に下腹部を見せて欲しいと懇願し・・・。


 一見、何の事件も起こらなそうな、のどかな様子の村落共同体。
 だが、そこでの人間関係は、知的障害者の娘を核にした陰湿なセックスで結ばれ、少しづつズレながらようやくバランスを保っているのだ。


 主人公の双子の兄が川越美和をひき逃げするところから話は始まる。冒頭の死体らしき姿の主は川越美和だ。
 訳ありの闖入者、木村祐一川越美和カップルの登場が、一気に共同体の「平和」を崩してしまうのではないだろうか、とはらはらさせる。
 が、物語はだらだらと続き、始まりと終わり、生と死、善と悪、正義と不正、正気と狂気などの境界がなくなり、ゆるゆると失速していく。


 主人公は、駐在所の天井にいると思われるネズミを「元から断ち切らないと」と言って、退治用のわなを仕掛ける。
 しかし、仕掛けても仕掛けてもスルスルと逃げられてしまう。 何ごとにも元などないのだから、断ち切ることはできないのだ。


 生と死にももちろん境界などはない。元(始まり)は先(終わり)を、善は悪を、正義は不正を、正気は狂気を内包している。
 本作の双子の兄弟は、こういった二つの相対する要素が一体化していることを表現している 。
 ネズミ捕りごっこは、境界のメタファーであり、正義の守護神を演じる主人公の、自己矛盾による精神の崩壊プロセスを表す。


 人は他者とのコミュニケーションに確かな手応えを求めるが、誰もが二面性を持っているので、関係はコロコロと変化する。他者との関係を絶って生存することはできないので、人生は予測不可能となる。


 主人公の警官がまじめさとか国家権力などをふりかざしたとて、その内面は、ダメ父と同じ穴のムジナ。弱者である障害を持つ女性を悪のりして弄び共有する、きわめてだらしない奴なのだ。
 二人とも恋人や妻に愛想をつかされるが、これからも懲りずに、セックスを中心にした関係性を求めていくのだろう。


 いかにも悪人のカップルは、女性が全裸の死体状態から検視の最中に生き返る。
 彼らはゆすりや殺人、盗みなどをした形跡があるが、権威や権力に盾突いて、それらを堂々と正当化し、警官の実家の空き家に住み着く。
 盗品らしい金塊を崩して土産物を造り、昔からの村人然として堂々と暮らすようになる。
 生と死、善と悪が混在する彼ら二人もまた、セックスを濃密なコミュニケーションの手段にしている。


 主人公の父は、誰の子かわからない赤ちゃんを認知し、愛人も妻も彼を赦す。赤ちゃんの母親は幸せそのものの表情を見せてしっかりと我が子を抱く。
 健常者も障害のある人も、正気と狂気を併せ持っており、人々の関係にはセックスが介在している。


 ひき逃げ事件を表沙汰にされずにすんだ兄は、家業の牧畜を何となく継いで、しっかり者の姉夫婦とこれからもうまくやっていくのだろう。
 その友人は、女性にもてることを夢見て、今日も黙々と村で酒屋を商っている。


 かくして閉塞状況を打破するような出来事は次々と起こったが、ほんの少し変化しただけ。
 何ごともなかったかのように、村落には静かな空気が流れ、相変わらず人々は微妙なバランスの中で暮らしを営んでいる。


 突然、銃声が4発響いた。しかし・・・。


 予測不可能な人生のありようを、しみじみと感じさせる佳作。二十代にしてこんなに深くて切ないブラックコメディを完成させた山下敦弘監督は天才だ!
(★5つで満点)