コーヒー&シガレッツ

 冴えないカフェで、コーヒーとタバコをネタに、2人または3人の客が、取り留めの無い会話をする、11話の短編集。
 ただそれだけなのに、モノクロの映像とあいまって妙に心に残るのは、コミュニケーションの本質を突いているからだろう。定点観測のような画面の、会話の向こうに透けて見えるのは、人も言葉も、唯一で絶対のものなどない。他者や他の言葉との関係性(差異と反復=差延)によって決定されるのだ、ということ。

 
 登場人物たちは実によくしゃべる。だが、会話はだんだんズレていき、すべて宙吊りのまま終わる。なぜか。
人は言葉を話す時、差異の中にたった一つの呼びかけ符号を刻み付け、それを階級分けし、宙吊りにする。同時に多岐にわたる意味を込めることは出来ないのだ。これは根元的な暴力である。
 それゆえに、人は誰もが他者とのいい関係を切望するものだが、それは不可能な幻想、見果てぬ夢でしかない。 ”人はただただ不可能なものだけを欲望し、話す存在 ”なのだ。


 本作の中での会話のズレをみてみよう。
・第1話『変な出会い』
街角のカフェで出会った二人の男=置き換え可能性
ロベルト・ベニーニ Roberto Benigni 、スティーヴン・ライト Steven Wright

・第2話『双子』
双子の兄妹とウエイター=置き換え可能性と反復可能性
ジョイ・リー Joie Lee、 サンキ・リー Cinque Lee
スティーヴ・ブシェミ Steve Buscemi

・第3話『カリフォルニアのどこかで』
ミュージシャンの二人=逆説
イギー・ポップ Iggy Popトム・ウェイツ Tom Waits

・第4話『それは命取り』
老人の二人=反復可能性と中断
ジョー・リガーノ Joe Rigano 、ヴィニー・ヴェラ Vinny Vella
ヴィニー・ヴェラ・Jr Vinny Vella Jr.

・第5話『ルネ』
美人の女性とウエイター=反復可能性と中断
ルネ・フレンチ Renee French 、 E・J・ロドリゲス E.J. Rodriguez

・第6話『問題なし』
黒人男性の二人= 差延
アレックス・デスカス Alex Descas 、イザック・ド・バンコレ Isaach De Bankole

・第7話『いとこ同士
いとこの女性二人(ホテルのロビーで)=贈与、歓待などの袋小路
ケイト・ブランシェット Cate Blanchett

・第8話『ジャック、メグにテスラコイルを見せる』
男女の二人=共鳴=内的共感
メグ・ホワイト Meg White 、ジャック・ホワイト Jack White

・第9話『いとこ同士?』
英国出身の二人の男性(紅茶で)=第7話の差延
アルフレッド・モリナ Alfred Molina 、スティーヴ・クーガン Steve Coogan

・第10話『幻覚』
ラッパー二人と喫茶店でアルバイトをしている俳優=第1話、第3話、第7話の差延、中断
GZA 、RZA 、 ビル・マーレイ Bill Murray

・第11話『シャンパン』
年老いた男性二人=第4話、第8話の差延
ビル・ライス Bill Rice 、テイラー・ミード Taylor Mead
 といった具合。


 では、暴力が避けられないものであるならば、コミュニケーション不足のままでいいのか。
 答えは否。諦めてはいけない。お互いに宙吊りの位置にいることを自覚することである。
 つまり、お互いが他方に依存し、浸入し、影響しあっていることを理解すること。そして、欲望を超越した欲望(与えることと同時に交換すること)を認識することである。
 ラストの第11話「シャンパン」では、2人の老人が、昔武器庫だったカフェで、紙コップのコーヒーをシャンパンに見立てて、ニコラ・テスラの「地球は一つの共鳴伝導体」を引用し、人生に乾杯する。この教訓こそコミュニケーションの奥義であり、監督の思いであろう。


 シンプルな構成だが、前述のテーマに加えて、禁煙化やカフェのチェーン店化、大企業の利益追求主義に対する批判、人間の変身願望や二面性など多くの要素が盛り込まれており、決して単純ではない。こんなに奥の深い映画 に巡り会えたことに感謝したい。


コーヒー&シガレッツ ★★★★(★5つで満点)