行 シネマ歌舞伎

 歌舞伎というアートは、世界に誇る日本文化の一つ。
 しかし、オペラは観に行くが、歌舞伎はどうも、という人が多いようだ。
 それではバランスが悪い。
 で、年に数回は、歌舞伎を観るようにしていた。
 だが、ここ2年ほど、切符が手に入りにくいことが多く、ご無沙汰気味だった。


 昨今、次々と公開されている「シネマ歌舞伎」なら、気軽に観賞できるのでは、と早速劇場へ出向いてみた。

 「シネマ歌舞伎」とは、歌舞伎の舞台をHD高性能カメラで撮影し、映画館のスクリーンでデジタル上映をするもの。
 最新の音響設備により、舞台の臨場感を劇場で観ているかのように再現するという。
 実際に観にいく機会がなかなかない歌舞伎を、映画を観に行く感覚で鑑賞できるということで話題になっている。


 劇場内は、いつもの観客と比べると、年齢層がかなり高い。若い女性もちらほらいるが、年配の夫婦連れや、友人同士で来ている人がほとんどだ。
 かなり混んでいた。


 最初の演目は、『坂東玉三郎−鷺娘』(平成17年5月歌舞伎座
 同時上映『日高川入相花王』(平成17年10月歌舞伎座
清姫坂東玉三郎人形遣い尾上菊之助、船頭:坂東薪車


 どちらも舞踊劇なので、スクリーンいっぱいに広がる玉三郎の美しく幻想的な芸をたっぷり楽しむことができた。
 とくに「鷺娘」は、雪の舞い散る中を狂おしく、何度も”イナバウアー”する姿が哀れで涙がこぼれた。


 次の演目は、十八代目中村勘三郎襲名記念上映『野田版・鼠小僧』(平成15年8月歌舞伎座)。
 友人が「大変面白かった」というので期待して観たが、ちょっとダジャレが古臭い気がする。
 歌舞伎座の観客の笑い声と、映画の観客の感覚が呼応しないので、白けてしまう。
 笑っている人がいないのだ。


 歌舞伎の面白さは、舞台全体の雰囲気というか空気感から来るもの。
 画面で俳優をクローズアップすると、観客は彼の汗とかシワなどが気になって、笑いが出てこないのだろう。
 芝居小屋で観るよりリアルだし、映像がくっきりとしていて迫力もあるのだが、逆にそれが仇になっているようだ。


 舞踊劇の映像化は、舞台の構成もシンプルなので、1人の踊り手にスポットを当てても、全体の雰囲気がつかめないことはない。むしろ、感情移入しやすく、芸を堪能できるという長所もある。


 しかし、通常の芝居のそれは、舞台全体の雰囲気と役者のクローズアップとのバランスが大変難しい。同じ場面を観ていても、全体と部分では、双方の観客の捉えかたにズレが生じる。
 一方は笑い、一方は笑えない、ということが起きるのだ。
 この辺の技術をクリアーできれば、もっと楽しめると思う。


 とはいうものの、こんなに身近にリーズナブルな料金で歌舞伎を鑑賞できる機会はないので、今後もどんどん制作して欲しい。
 そして、日本文化の良さを、外国人も含めて万人にアピールできるメリットを活用するといいと思う。
 舞台とは違う感覚で楽しむ「シネマ歌舞伎」というジャンルを育てるためにも、私はずっと見続けたいと思っている。