昨年は、4月に右膝を骨折、猛暑で夏バテと散々だった。鑑賞本数も激減したが、印象に残った作品について記してみよう。

・日本映画
 悪人/キャタピラー/パレード/祝の島/葦牙/マザーウォーター/トイレット/ばかもの/告白/月下の侵略者


「悪人」では、「母」のメタファーである「灯台」が、言葉や舞台として反復される。幼児にとって「母」は、自分の生死を握る「おぞましい怪物」であると同時に、隅々にまで満足を与えてくれる「光明」でもある。だが人間は、怪物である「母」を殺し、「母に代わる光明のイメージ」を獲得しないと大人になれない。「母殺し」は必然の条理なのだ。
 本作は、人間の宿命である「根源的な母殺し」から「イメージの獲得」へと向かうプロセスを、主人公だけでなく群像劇によって描き、最後には観客を光明で包んでくれる。さまざまな解釈を内包する味わい深い作品である。


キャタピラー」のテーマは反戦だ。国家間の戦争と家庭内(女と男)の戦いとを重ね合わせて、 帝国主義における暴力の問題を突きつけている。
キーワードは主人公夫妻の「身体」だ。「身体」とは単なる肉体のことではなく、社会的・文化的意味を埋め込んだ存在で、その中にはさまざまな形の記憶が詰まっている。
 人は「身体」があるから、社会(他者)とつながることができるのだが、身体化された記憶から自由にはなれないので、社会(他者)との葛藤が生じる。
「家父長制文化」のもと、夫婦それぞれの身体化された記憶が絡み合い、執ように暴力が反復される。家庭内暴力の肯定は、国家間の暴力(戦争)の肯定につながることを本作から学ぶことができる。


 「葦牙−あしかび− こどもが拓く未来 」は、親により虐待された子どもたちが、地域の養護施設で再生を果たしていくプロセスを丁寧に追った、明るく希望に満ちたドキュメンタリーだ。顔にモザイクを掛けず、ありのままを撮った貴重な作品である。
子どもたちが親を求めて、魂の叫びを吐露し、愛憎が交錯する状況が心に突き刺さる。集中力に欠けすぐにキレる子どもたちに、とことん付き合い指導する職員たちの人間性にも頭が下がる。
虐待してしまう母親が2人登場するが、その背後には、パートナーである父親との関係が見え隠れする。男性の女性に対する意識の変革なしには、虐待の問題の解決は不可能だ。世界中で男性パートナーの8割がDVを行っているという。暴力の連鎖を生む、こうした虐待の背景にまで切り込んでほしかった。


・外国映画
 フローズンリバー/冬の小鳥/倫敦から来た男/海の沈黙/シングルマン/ぼくのエリ、200歳の少女/アイガー北壁/インビクタス瞳の奥の秘密/息もできない


「フローズンリバー」は、先住民/白人 、部族の宗教/キリスト教、女/男、常勤/パート、カナダ/アメリカ、アジア/欧米・・・、といった”境界”をテーマに、現代社会を抉ったスリリングで奥深い秀作。
男性は不在だ。主人公の女性2人の共通点は、貧しい母子家庭であること。彼女らは、ニッチもサッチも行かない”袋小路状態”を経験したため、不法入国した貧しいアジア人に、見返り無しの”歓待(もてなし)”をすることができた。
”我が身を捨てて他者に尽くす”。この歓待性は、他者へと開かれた、境界のない世界でのみ可能となる。そのことはまた、自らの未来を切り開く糸口にもなる。女性たちの連帯を描いた、まぎれもないフェミニズムの映画だ。


 「ぼくのエリ、200歳の少女」は、人間の生にとって欠かせない2つの要素、”暴力の必然性”と”越境の重要性=ジェンダーの解体”を、ミステリアスかつ美しい映像で、丁寧に描いている。
人が生きていくためには、「暴力」は必然であり、我々は潜在的にヴァンパイア願望を持つ。また、我々人間にはさまざまな縛りがあるが、彼らは性別や年齢、場所などの境界を瞬時に超えることが可能だ。それにより、何事にも柔軟な対応ができるため、我々より生きにくさが少ないだろうということも、ヴァンパイア願望を増幅させている。
 去勢された男の子かもしれない、変幻自在な少女エリに魅惑される少年オスカー。彼らの関係性にジェンダーの解体を見ることができる。


 「瞳の奥の秘密」のテーマは”終身刑”だ。この刑罰はある意味で死刑より厳しい。
 妻を惨殺された夫は「犯人には一生無為な人生を送る終身刑を!」と、私刑による終身刑を望むが、彼自身も「復讐」という牢獄に入ってしまうのだ。この事件の小説化を目論む主人公の男は、元上司との恋愛に未練たらたらで、「執着」という牢獄へ。犯人は文字通りの牢獄暮らしに。三人三様の「終身刑」の受刑・・・。
もう一つ、アルゼンチンが政治の混乱から軍事独裁政権へと突入したあの時代(1974〜1983)を「終身刑」に処し、そういう時代が二度と来ないようにと願い続けること。それが本作のメッセージである。小説の書き出しのメモ「TEMO(怖い)」が、時代の空気を表現していて秀逸だ。

(初出 シネマジャーナル81号)