僕のスウィング

goo映画: 映画と旅行を愛する人々に向けた情報サイト。「個性的すぎる映画館」、国内外のロケ地めぐりルポ、海外映画祭と観光情報、映画をテーマにしたお店紹介など、旅行に出たくなるオリジナルコンテンツを配信中。
 ローマ郊外のトレーラー群で、マドリードの洞窟住居で、私が目にしたロマたちは、たくましく生きていた。彼らの哀愁に満ちた瞳が忘れられない。本作は、北仏に住むロマの少女と、フランス人少年の淡い恋を通して、ロマ民族の世界とその音楽(マニーシュ・スィング)の魅力を描いている。監督はロマの血を引くトニー・ガトリフ。 


 ロマは、本来は定住しない流浪の民。越境は彼らの宿命だ。自由と引き換えに、経済的にも政治的にも不安定な生活を強いられるが、歴史や国家・財産・名誉などに執着しないため、そうしたものにこだわる我々の世界に、風穴を開ける存在でもある。


 鳥瞰の風景が度々登場するが、その視点が彼らのテーマだ。鳥は地上と天上との間を自在に通行しうる唯一の生物。霊魂と空気の象徴でもある。餌と休息を得るための大地に執着せず、大空に飛翔してすべてを見据え、軽々と境界を超えて森羅万象に命を吹き込む。鳥の存在は、それを通じてなんらかの意味が生起する“変容”の場なのだ。


 少年がロマの少女の夢を見るとき、彼の祖母をロマの男が送っていくとき、平和コンサートの練習をするフランス人女性たちにジプシーギターの名手が手ほどきをするとき(彼は倒れてしまうが)、それらのシーンの後に、鳥瞰の風景が映し出される。広々とした緑の豊かな美しい大地と青空。そこには民族や領土、文化の境界はなく、全てが繋がっている。異なるものどうしがない交ぜになって、みごとな景観を形成しているのだ。


 フランス政府の方針で定住を余儀なくされている彼らは、音楽が最大の楽しみ。生活の糧でもある。かつては戦争が始まると旅も音楽も禁止されたのだが、現在は戦争がなくても自由に移動できず、音楽三昧も御法度。生活保護は受けても、学校には十分通えず文盲が多い。「空も大地も恐れずに、さあ、遠くまで行こう」との主題歌には、“鳥”に戻って全ての空間を貫きたい、という自由への痛切な希求が込められている。


 歴史に執着しない彼らは、ナチスの民族虐殺行為の事実も声高に語ろうとはしない。しかし、少女の祖母は少年にそれを語り、悲しみを歌う。ギターの名手が死んだ後、仲間たちは彼のトレーラーもギターも焼き尽くて処分するが、少年と少女は焦げたギターを拾って川に流した。母が迎えに来て、少年が村を去るとき、彼の書いた「ジプシーの日記」を少女に渡すが、文盲の彼女はそれを校舎の屋外に置いて立ち去る。執着を断ち切るためには、厳しい「儀式」が必要なのだ。

・僕のスウィング ★★★★(★5つで満点)