めぐりあう時間たち

テーマは“母の不在と時間性”。『ダロウェイ夫人』をキーワードに、作家のヴァージニア・ウルフ、主婦のローラ・ブラウン、編集者のクラリッサ・ヴォーンの三人の女性が、それぞれ1920年代(第一次大戦後)、1950年代(第二次大戦後)、20世紀末と時代の節目の時間を紡ぐ。


 ヴァージニアは13歳で母を亡くし、生涯、神経症的発作に悩まされたという。映画の登場人物たちも、永遠に到達不可能な母との自己同一化を、姉、同性の友人、同性の恋人に求めるが、果たすことができずいらついている。
     

 そして時間性。ヴァージニアは彼女の小説『ダロウェイ夫人』の原題を、草稿時には『The Hours(時間)』としていた。小説の中で描写されるビッグ・ベンの鐘は時間性のシンボルだ。


 時間性とは・・・。「死を自覚したときに、初めて時間が産出される」とハイデガーは言う。死という未来からの視点によって、初めて自分の過去が意味あるものとしてとらえ直される(反復される)のだと。ヴァージニアも「小説の中では、命の価値をきわだたせるために、誰かを死なせるの」と言っている。


 『ダロウェイ夫人』では、ヴァージニアの分身である詩人が死に、後日、彼女自身も入水自殺する。
 ローラはヴァージニアの入水に自分をダブらせるが、死の誘惑から覚醒し、より良く生きるために家出する。
 母ローラの不在を体感したかつての少年リチャードは、今は詩人でクラリッサの元の恋人でもある。彼は著作の中で母を死なせる。そして「もっと光が欲しい」と言いながら、『ダロウェイ夫人』の詩人のように死へと身を投げ出す。


 この直後、三人の女性の時間性が重なりあう。過去・現在・未来が一つになり、“死を未来に置くからこそ、そこから時間が流れ出すという〔時間性〕の啓示の瞬間が訪れる。残されたロ−ラとクラリッサは、彼の死をどのように受け止めて生きていくのだろうか。


 本作は、”私たちは死を自覚することで、老いと死の恐怖を解き放ち、いま、ここにいる自己を受容しながら、人生の質を高めていかなければならない”ことを教えてくれる。
めぐりあう時間たち★★★★(★5つで満点)